モンゴル 2/2
ウランバートル
飛行機から見ると首都ウランバートルは大草原に蜃気楼が出現したように見える、標高1351m周囲が山である、モンゴル総人口の約4分の1にあたる65万人が集中し市内は高層アパートが林立、主要道路にトロリーバスが走り自動車も多く交通渋滞が起きている.街中心部に百貨店、ブティック、電気店、レストランや大小個人の店で賑わいを見せる.市内中心部のスフバートル広場周辺に官庁、国立総合大学、国立劇場、博物館など公共建築が並ぶ、モンゴル仏教の総本山ガンダン寺をはじめ歴史的文化財もある、中心街を離れると草原が広がりゲルが点在する.

ウランバートル市内のアパート式住宅、ロシアの影響かモスクワ市内の建物によく似た形である.

ウランバートルの繁華街、正面の建物は百貨店,内部は大勢の買い物客で賑わうが出口でスリに危うく被害にあうところ、手口は1人が私の肩から掛けたカメラを引っ張る、注意がそちらに行っている間別の男が正面から衝突してきた瞬間私のウエストポーチのチャックを開けるという手口、幸い何も取られなかったが要用心.

市内大通りの中央分離帯、樹木が植えられ花壇もある.この両側には車が多く走り近代的雰囲気である.

スフバートル広場の中央、その昔革命の指導者であったスフバートルの騎馬像が立っている.この像を囲むように14頭の獅子が鎖で繋がれ取り巻く、建立は1946年.

スフバートル広場周辺は官庁関係の建物、博物館、国立大学、ホテルなどの建物が建ち並ぶ.

人目を引くモダーンな国立オペラバレエ劇場.

スフバートル広場に面して建つ官庁建物.

郊外の日本語を勉強している娘ヘングジャラガル19才の家にホームステイ(一泊)する、彼女の案内で近くの草原へ、広い野原にりゲルが点在、羊の群れが草をはむのどかな所であった.

ホームステイ先、ヘングジャラガル兄弟と近所の子供に日本の伝承玩具ぶんぶんごまとトンボの作り方を教えるとみんな一生懸命.

出来たぶんぶん回しとトンボを手にした子供たち.大勢ではないが日本の手作りオモチャ作りをを楽む.

最初うまく回すことが出来なかったたが要領が分かると音を立てて回りだした.

自分で作ったトンボを早速飛ばす.

ウランバートル市内の水道普及率は60%、水道が来ていない市街外れの住民はこの野原の泉が命を守る.後ろの柵の青い布切れは水が枯れないようにとみんなが祈りを込めて結んだもの.

この羊の群れは遊牧民が売るために連れてきたもの、手前の人は仲買人、持っている竿の先の紐で群れの中から羊を捕まえ品定めをする.

4才の子供も水汲み場から家まで水運びを担当している.

ヘングジャラガルの案内でガンダン寺へ、正式名はガンダンテグチンレン寺、1838年建立された有名なチベット仏教寺院、極左政権時代には寺院としての機能は失われたが1940年代に回復、1970年に宗教大学が併設された.チベット仏教の再評価、寺院の再建、文化財の保護などの運動を進める中心的存在になったという.

ガンダン寺境内の一角、一際目立つ大きい建物は観音堂.

観音堂内に安置された高さ26mの優美な観音立像.


広いガンダン寺境内の一角.ヘングジャラガルが言うにはお参りする際はマニ車を回しながら2周しなければいけない.

お寺の回りにぐるぐる回る回転筒(マニ車)が並べられ参拝者は一つ一つを手で回しながらお参り.

結婚式を終えガンダン寺へお参りに来た新婚カップル,カメラを向けると少し緊張気味、お幸せに!

この日会った二組目の新婚カップル、こちらはリラックスした表情.お幸せに!

滞在最後の夜さよならパーテイ、みんなでモンゴル語の歌を歌う、モンゴル人は日本語を勉強している人たちと日本人をホームステイに招いた家庭の人たち、国際交流の一コマです.

今回ツアーに参加した日本女性、それぞれ土産に買った民族衣装を着たらみんなモンゴル娘になった.さよならパーテイにて.

この国で有名な音楽家、ホーミーを口ずさんだが素晴らしい声と声量であった.さよならパーテイにて.

モンゴル独特の楽器馬頭琴の奏者(左側)、草原を風が抜けるような音色に聴き入る.
→オーストラリア
  パートTへ